高校生の頃に学年をダブり、一学年下の生徒と高一を2度やりなおしたせいか、クラスメイトと打ち解けることなく、自閉し内向したまま過ごした。
学校に馴染めず、緩慢で退屈な日常がこのまま続いていくことを夢想すると、自分が生まれてきたことを呪うような時期もあった。
青春らしい出会いや恋愛や冒険も無く、うつらうつらと生きてても死んでいるような、ただただ寝て起きて、日々が過ぎていくような日常は、重く辛くむなしく息苦しかった。
そんな死んだような毎日が続くなかで、唯一の楽しみは、木曜日、深夜の『ビートたけしのオールナイトニッポン』だった。
毎週、深夜ラジオのバカ話であるが故、ときおりシリアスな話題を正面から語るときの凄みと心への刺さり具合と言ったらなかった。
それは、あの頃にオールナイトを聴いていた若者なら、誰もが共通の想いだろう。
そして、そういうシリアスな回もあるせいか、番組には人生の進路や悩みを打ちあけるような手紙が寄せられ、それに対し、時折、アドバイスじみて冗談めかして答えることもあった。
そのせいか、答えれば答えるほど、まるで駆け込み寺のように悩み相談がさらに寄せられたのだろう。
しかし、そういう聞き分けの良い兄貴が語るような、ありがちな深夜放送を嫌ったのが、ビートたけしだった。
あるとき、「めんどくせぇよ、一々、俺に相談すんな!」と切り返すと、「悩んでる奴は死んじまえ!」と突き放した。
あの「死んじまえ!」は、当時のボクには実にストレートなメッセージだった。
それは実際、「今の延長上にある、うつらうつらと死んだような人生なら、いっそ人生ごとなくなってしまえ!」との啓示に聞こえたのである。
つまり、今ここに引かれてあるレール……。進学校で受験勉強して大学へ行って就職する。そんな人生を辞めてしまえ! とボクには聞こえたのだ。
まるで幽体離脱したかのように、自分の意識が浮き上がり、気持ちの上で空が晴れ晴れと澄み渡り、今、そこにある風景が変わって見え、すべての迷いが一瞬に消えたようだった。
そこからボクは、大学受験を口実に上京し、ビートたけしのもとへ行くことを決めた。
” —『藝人春秋』(水道橋博士 著) | 自著を語る - 本の話WEB