February 2012
Out of this wreckage a new industry will emerge.” —Hugh McLeod
http://gapingvoid.com/2004/06/27/the-hughtrain/
Instead we apply our brainpower to what they need, and will want, then make sure we’re there, ready.” —Akio Morita, Co-Founder of Sony (1921-1999)
We’re in the business of connecting with consumers.” —Trevor Edwards, VP of Global Brand & Category Management at Nike (October 2007)
DTMやってるオタ友はかっこいい曲聴かせても「ミックスが甘い」とか抜かす
そいつらの作るものは何かクオリティが高いのかもしれないが、別に面白くない
この手の人種は非常に面倒くさいのでグルメな友達と一緒に飯は食いたくないと思う
たぶんそいつの作る高尚な料理は俺の口に合わないし” —
【2ch】ニュー速クオリティ:辺見えみり「今度は料理下手な人がいい。何でもおいしいって言ってくれるような」
個人的な審美眼や美意識の主張もTPOをわきまえないと周りを不快にしてしまう事もあるよね。
(via sett4) (via jinon) 2008-08-13 (via gkojay) (via wonderthinkanswer) (via yasunao, ttssmmxx) 2010-03-24 (via gkojay) (via kondot) (via 9thstreet)
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「犯罪者の98%はパンを食べている。」
「暴力的犯罪の90%は、パンを食べてから24時間以内に起きている。」
「18世紀、どの家も各自でパンを焼いていた頃、平均寿命は50歳だった。」
「パンを食べるアメリカ人のほとんどは、重大な科学的事実と無意味な統計の区別がつかない。」
” —http://ja.wikipedia.org/wiki/DHMO米国人女性に「幸せか?」「今の自分に満足しているか?」という質問をすると、ほとんど必ず「はい」という答えが返ってくる。しかし、これは本音ではない。そう答えなくてはいけない空気がこの国にはあるのだ。
万が一「不幸です」「自分のここが嫌です」とでも答えれば、その次には「では、その問題を解決するためにどんな対策を取っていますか」という質問が控えている。
そこで「何もしていません」などと答えれば、やれ「カウンセラーに通った方がいい」、やれ「インターネットを使ってボーイフレンドを探した方がいい」などと、問題が解決するまで周囲が放っておかない。 つまり、米国の社会には「今の自分に満足していなくてはならない」という強迫観念があり、それがプレッシャーとなって米国人女性を不幸に追い込んでいるのだ。 現在の米国で、女性が自分に満足することは至難の業だ。 理想の女性像とは、頭が良く、数カ国の語学を操り、高学歴で、男性と対等に仕事をこなし、高収入で、しかも男性に媚びることはなく、けれどセクシーで、美人で、スタイル抜群で、身に着けるもののセンスがよく、毎日ジムに通って運動し、健康に気を使い、優しいけれどはっきり「ノー」と言える自己主張があり、結婚したら完璧な妻となり、子供を産んでも家事も仕事も子育ても難なくこなし・・・と、現実にはあり得ないスーパーウーマン像が押し付けられている。 これは、女性解放運動以前の価値観と、その後の価値観が合わさり、その両方が求められるようになっているからである。しかも、彼女らの親の世代は、目まぐるしく変化した女性観に対応できず、娘たちに「女性はこうあるべきだ」、もしくは「こういう人になりなさい」というきちんとした価値観を植え付けることができなかった。” —どんどん不幸になっていく米国の女性たち JBpress(日本ビジネスプレス) (via kogumarecord) (via yaruo) (via batxo)
どこの日本かと……
お金をもらって文章を書いていたときに、よく「書くべき事柄」っていうのを大体書いてしまったうえで、意識的に“筆を滑らせて”文章を書いていたなぁ、と思いださせられた。
明け方までかかって予定の文字数の4倍くらい書きなぐったうえで、エッセンスだけを抜き出して新しいファイルにコピペする、っていうやり方をとってみたり、あえて締め切りのすごい手前で箇条書きの整理だけ書き上げておいたうえで何日か時間を置いてから読みに戻ってきて、再読した瞬間にパッと浮かんだ印象みたいなものを中心に据えて全体を組み直したり。
なんというか、そういう、アンプにつないだギターを割れた音で掻き鳴らす、みたいな、(比較的簡単に取り入れられてしまう)「ぶっ壊れてみた、ほとばしり」みたいなものも方法論として必要だと思う。”整合性”とか”ロジック”とは別のベクトルで飛んでくる「強度」が生まれる可能性、というのがそこにはあって、それを排除してしまった潔癖な真空にばかり浸っていては、抜け落ちていってしまう「暗闇の向こうにうごめく機会損失」のような大きなものの深淵から遠ざかりすぎてはいけない。
【目標設定】
グループAに対して: 「期間中に、完璧な作品をつくりあげるころが目標」
グループBに対して: 「期間中に、100lbs (50kg弱)の粘土を使い切る」
【結果】
グループAは、ひとつの完璧な作品を作り上げようと時間をかけて試行錯誤するが、うまくいかない。
グループBは、どんどん失敗して、経験を積んでいく。期間が終わるころには、いくつかの満足いく作品が出来上がっている。
いつの時代にも、余りある現実を処理可能なフォーマットに落とし込むための「簡略化」が必要だ。かつてはそれが宗教だった。
いまは、自分を物語で語り、物事を物語りで理解するところにそれがある。物語として識別可能でない“余剰部分”は、ノイズとして切り捨てられている。
TABLOG:加速する休刊ラッシュ 男性向けファッション誌は絶滅寸前の珍獣? - livedoor Blog(ブログ)
(via mitaimon)
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http://en.wikipedia.org/wiki/Muriel_Rukeyser